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自分が生き残った使命として



『第13回長岡アジア映画祭』2008年9月20日
「花の夢 ある中国残留婦人」上映後 東志津監督トーク

MC (主人公の)栗原貞子さんと出会ったきっかけについて教えていただけませんでしょうか?
東監督
・長時間ご覧頂いてありがとうございました。
この作品はですね、ちょうど1年位前に、去年の7月くらいに完成した作品で、それから1年ちょっと経ちましたが、このように全国各地で少しづつ上映していただいてます。
栗原さんと私が出会ったのは4年位前にひょんなことからというか出会いまして、栗原さんが住んでらっしゃるのは東京の江東区という東京の本当に東の外れの町なんですけども、そこで私がフリーの映像ディレクターとして働いてまして、いろんな方々に地域の情報ですとか町の方々に取材したり、それで番組を作ったりする仕事をしていたんですけども、その地域の江東区の中で名字が日本の名字なんですけれども、中国語しか話せない、日本語が話せなくて中国語しか話せないという人達がたくさん住んでらっしゃる団地とか地域がありまして、そういう方々にも出会う機会が多かったんです。
けれども私はなぜそういう方々が日本にいらっしゃるのか、ということを全く知らなくて恥ずかしながら満州とか名前・言葉は聞いていたんですけども実際に何が起こって、その人達が今、日本にいるのかということを全然知らなくて、どうしてこういう人達がいるんだろうということを自分なりに調べてみようと思って、いろんな方々に話を聞いたり、江東区の地域の方々にお話を聞いてるうちに中国残留婦人とか残留孤児の2世、3世の方々は無条件で日本に帰国出来るということで、その方々のご家族が日本に沢山住んでらっしゃるということを初めて知って凄い驚いたというか、そういう事実があったことを驚きまして、その時にたまたま本で読んだ“残留婦人”という言葉にあたりまして、“残留孤児”という言葉は皆さんもよくご存じだと思うんですけども、“残留婦人”という言葉は初めて聞いて、そういう立場の方々、そういう立場の女性達がたくさんいらっしゃるということに凄く驚きまして、ぜひ“残留婦人”の方々のお話を聞いて、あの時何が起こったのかということを知りたいなぁと思った時に、いろいろ人の紹介とかツテを頼ってこの映画の主人公となった栗原貞子さんに出会うということがあって、それがきっかけで映画を作ったというか撮影を続けながら取材をしていたということですね、はい。

MC 栗原さんや中国残留婦人の方と知り合い撮影を通して変わった点はありましたか?
東監督
・そうですね、変わった点。う~ん、いきなり確信に入ったんで、ちょっとわからないんですけども、あの、たぶんいろんなものが変わりすぎていてわからないんだろうなと思います。
本当にその方々に出会ったことで自分のそのなんてゆうんですかね、人生そのものが変わったんだろうなって思うし、やっぱり一番は今まで私が、今私33歳で栗原さんに出会えたのが29歳で、その29年間自分は何をこう学校で勉強してきたんだろうというか、こういう歴史とか、こういう人達の存在を知らないで何を29歳まで生きてきたんだろうか、とそういう衝撃が凄くあって、情けないというか申し訳ないというか、私達はこういう大事なことを何一つ教えられないで大人になってしまうし、そういうことが許される国の中で教育を受けてきたんだなぁっていうことに対しては物凄く騙されたというか裏切られたというか、大事なことは自分が知ろうとしない限り何も知りえないんだ。だから自分から知らなくちゃいけないんだっていうふうには凄く思いましたね。



MC 映画の完成後、栗原さんの感想は?
東監督
・はい。撮影をしている時は本当に孫とおばあちゃんのような関係で私のやりたいようにさせてくれて、たぶん懐の深さが無かったらこの映画は出来なかったと思います。
で、やっぱり撮られたくないこととか、話したくないことがたくさんあったと思うんですけども、映画の中でもやっぱり楽しそうには話してないですよね、やっぱりちょっと苦しそうに話してる。
撮影した時は気がつかなかったんですけど編集してる時に、あ~こんな苦しかったんだなぁって申し訳ないなって思ったんですけども、栗原さんはいつも言うのは自分が生き残った使命として話を聞きたいという人がいたら話し続けたいというふうにいつもおっしゃってるんですね。
なので本当に二人で作った映画っていうか、そういう感覚があって、あとこういう自分がどうして中国に行って帰れなくなって中国人の旦那さんと結婚したかっていうことをやっぱりお孫さんには話してないし、お孫さんからも聞いちゃいけないことなんじゃないかっていう感じで話す機会がなかったんですね。
だけど、どうして自分がここでこういうふうになったっていうことを残すことができて、凄く良かったっておっしゃってくれたし、お孫さんも自分がなんで中国人のおじいちゃんと日本人のおばあちゃんの間に生まれてなんで今、前は中国に住んでいたのに今、日本にいるのかわからないまま自分のアイディンティティがはっきりしないまま、大きくなって凄くおじいちゃん、おばあちゃんを恨んでた時期もあったけどどうしてそういうふうになったのか凄くよくわかったし、自分のおじいちゃんとかおばあちゃんを誇りに、初めて凄い誇りに思えたというふうに言ってくれたので、それだけでも本当に作って良かったなというふうに思います。

MC ナレーションが余貴美子さんなんですが選んだ理由とどうして引き受けていただいたか教えてください。
東監督
・はい。選んだなんていうのは生意気なんですけども、私が頭を下げてお願いしたという感じなんですけども、余貴美子さんて女優さんがいましてもちろん、あんまりご存知のない方がいらっしゃると思うんですけども、たぶんテレビを見れば、姿を見ればすぐわかると思うんですけども、一番印象深いのはちょっと何年か前に「ちゅらさん」、朝の連続ドラマで主人公の女の子と同じアパートに住んでいた個性的な女性なんですけども、私がただ単にファンだったっていうことがまずあって、余さんの持っている母性っていうんですかね、声の持つ優しさとか強さと優しさを併せ持った母性というのを凄く感じてて、余さんに読んでもらったらきっといい映画になるんだろうな、と思っていきなり事務所に電話してお願いしますと言ったら、映画をまだ完成版じゃないんですけれども、編集の途中のものを見ていただいたら、やっぱりどこか共感して下さるとこがあったようで、「ぜひ、やらせてもらいたい」ということでOKをいただいて、一年経って今日も観て、あぁやっぱり余さんにお願いして良かったなぁというふうに思っています。
栗原さんと余さんのナレーションが対話をしているような、そういう雰囲気が少しでも出来たんじゃないかなというふうに思いました。

MC ここで皆さんから監督に質問や感想がありましたら手を挙げていただけませんでしょうか。

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2009.01.14 | Trackback(0) | 長岡アジア映画祭

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